夏の始まりを知らせる、蝉の声が聞こえなくなり
夏の終わりを告げています。
部屋の前にある大きな桜の木の下を見ると蝉の亡骸
が沢山あります。
無残にも頭と体が離れてしまった亡骸です。
しかしながら、亡骸を食べる虫やバクテリアがいて
この自然が循環して成立しているわけでこれが摂理
で悲しむ必要はないのです。
私は、そんな命が循環している姿を私は見ていました。
そして、そんな、亡骸を見ながら、ふと思いました。
虫は生きる目的を知っているのだろうかと。
きっと、本能的に子孫を残すことだけを考えて行動
しているだけのように思う。
ひょっとすると考える事もなく、本能の赴くままに
生きているのかもしれない。
でも、自分がやがて死ぬことだけは知っているので
と思うのです。
死ぬという概念がないにしても、仲間が木から落ちる
姿を目にしたりして、鳴く事ができなくなることを
知っているはずです。
しかし、その瞬間まで必死で生きています。
そんな虫の生き方は素晴らしいと思う。
勝手な人間は生きる気力を失ったとか言って人の命を
奪ったりする事件を起こす。
また、生きる目的がわからなったと言って自分で自分の
命を絶つ人。
そんな人に虫を見なさいと言いたくなります。
夏の終わりを告げています。
部屋の前にある大きな桜の木の下を見ると蝉の亡骸
が沢山あります。
無残にも頭と体が離れてしまった亡骸です。
しかしながら、亡骸を食べる虫やバクテリアがいて
この自然が循環して成立しているわけでこれが摂理
で悲しむ必要はないのです。
私は、そんな命が循環している姿を私は見ていました。
そして、そんな、亡骸を見ながら、ふと思いました。
虫は生きる目的を知っているのだろうかと。
きっと、本能的に子孫を残すことだけを考えて行動
しているだけのように思う。
ひょっとすると考える事もなく、本能の赴くままに
生きているのかもしれない。
でも、自分がやがて死ぬことだけは知っているので
と思うのです。
死ぬという概念がないにしても、仲間が木から落ちる
姿を目にしたりして、鳴く事ができなくなることを
知っているはずです。
しかし、その瞬間まで必死で生きています。
そんな虫の生き方は素晴らしいと思う。
勝手な人間は生きる気力を失ったとか言って人の命を
奪ったりする事件を起こす。
また、生きる目的がわからなったと言って自分で自分の
命を絶つ人。
そんな人に虫を見なさいと言いたくなります。

コメントする